おはよう
今日は天才と秀才の違いをはっきりさせようと思う。
まず野球選手として有名なイチロー選手のこの言葉を読んでほしい
イチローの言葉
「僕は天才ではありません。なぜかというと自分が、どうしてヒットを打てるかを説明できるからです。」
この言葉に沿って話を進めていこうと思う
イチローは秀才
「僕は天才ではありません。なぜかというと自分が、どうしてヒットを打てるかを説明できるからです。」
つまり、イチロー選手が言うように「自分が成功する理由がわかっている人」は天才ではないと言うこと
この定義に全く異論がない。
イチロー選手のような人は
秀才
すぐれた才能。また、その持主。学問などがすぐれてよくできる人。
に該当するだろう。
まさに野球というスポーツ科学を極めた秀才の一人だ。
彼が秀才というならば、彼の言葉通り秀才とは、
自分が成功する理由がわかっている人のことを指す。
ならば天才の定義は簡単だ。
その逆、
秀才と同じように成功はしているが、
自分が成功する理由がわかっていない人を天才と呼ぶのにふさわしいだろう。
天才は私たちの身近に沢山いる。
例えばテスト勉強をしないのに国語のテストで60点取れちゃうヤツも天才だし、広い世界で言うならはじめて人前で歌った歌で人を感動させることができる人も天才だ。
つまり、
天才とは足場を固めなくとも高く飛ぶことができる人間なのだ。
私は一時期、何をやっても天才に勝てないことがとても嫌だったが、
私はイチロー選手のような秀才を目指すことにした。
なぜなら天才を追ってもその先に可能性はないから。
イチローは天才の秀才
上述の通り天才は自分がどうして成功するのか仕組みを理解できていない。
「俺も~の天才だったらそれをやるのに」と言い訳をする者がいるが、
それならなればいいじゃないか。その道の天才と謳われるものに。
ここまでの話でイチロー選手は天才じゃないと言い続けてきたが、
ここまで話しても
「あの人は秀才かもしれないけど元々は天才でしょ」
と思う人がいるかもしれない。
つまりそう言うことだ。
少しイチロー選手が天才から秀才に生まれ変わったストーリーを若干の作り話になっているかもしれないが殆ど間違いないと思っているので書かせてもらう。
確かに彼は元々野球において高い能力を持っていたかもしれない。
その甲斐あって自分の能力が理解できないまま試合で結果を出していたかもしれない。
しかし、彼はプロ野球選手になり、世界最高峰のメジャーの世界に足を踏み入れたとき、
どのタイミングでそうなったかは分からないが、
頭と身体のレベルが追いついたのだ。
そうしたことによって自分がどうしてヒットが打てるのか、どうやったら結果を残し続けることできるのかを自分の言葉で説明できるようになったのだ。
実際にその通りに結果を残し続け、今では我々が「あの人は天才だ」と言うまでになったのだ。
おわかりいただけただろうか?
つまりイチロー選手は天才であり、秀才でもある人である。
このような表で見ると分かりやすい。これは私が少しばかり凡人に都合よく書いたのだが、我々も天才が最初から発揮するレベルを越すことは大いに可能である。
天才は先天性。秀才は後天性。それだけだ。
だからこそ、貴方が努力をして
「あの人は天才だったから成功したんだ」と謳われる人間に
なればいいではないか。
少々根性論のようなものが垣間見える文章ではあったが、
私はこのことを信じて日々の生活に打ち込んでいる。
このブログのコンセプトでもある(はじめて聞く読者が多いと思うが)
定義しづらいものを自分で定義することで人生は楽になっていく。
ということに真っ直ぐな記事が書けたと私は自負している。
こういった信条が私の中であるからこそ今日も文章が書ける。
拙い文章にここまで付き合ってくれてありがとう。