おはよう。

 

今日はプログラミング学習者は神だが他人を否定するとゴミになるということを書いていく。

 

 

イントロダクション

 

私は先日このようなツイートを見た。

 

この間、地元の友達が会社で取るように言われている資格の勉強をしていることを話された。
その場では「すごいなー」と言ったんだけど実際のところそんなのやっても意味ないし、プログラミングスキルとかつけたほうが絶対良いよね!

 

といったツイートだ。

 

今日はこのツイートから感じたことを書いていく。

 

 

プログラミング学習者は神

 

実際のところそんなのやっても意味ないし、プログラミングスキルとかつけたほうが絶対良いよね!

 

確かにこの部分はツイートをした方の意見に私も賛成だ。

その他の職業でフリーになった途端、収入が2倍になり、会社に行かずに仕事をすることが許されている職業がエンジニアの他にあるだろうか。

 

そういった面でプログラミングスキルをつけた方が収入を上げることが容易だったり、時間や場所の裁量を決めることができる面では、

その方の友人がやっている資格の勉強より圧倒的に効率的だろう。

 

よって私はプログラミング学習者は賢い選択をしている人だと思っているし、大袈裟に言えば「神」だ。

 

 

他人を否定することはゴミ

 

しかし、「他人のやっていることを否定する」という面では少々いただけない。

そもそもその相手がそれを良かれと思っているのであれば、それを他人に否定される筋合いはないはずだ。

 

私たちエンジニアも同じことだろう。

 

「どうせエンジニアの仕事は人工知能によって自動化されるから意味ないよ!」と言われたら

「いや、でも私はこの仕事が好きで、現に社会で必要とされてますから」と言い返したくなる。

 

それは「会社で取ることを命じられた資格を勉強している人」も同じ気持ちのはずだ。

その人がその分野を良かれと思ってやっているのであれば、その人はその分野の優れた人間になるだろうし、そうなれば自ずと社会に必要とされる人になる。

 

恐らくその人にとっては興味のないプログラミングスキルを身につけるより有意義な選択だろう。

 

よって、その人が望んでその仕事や勉強をやっているのであれば、誰にも否定される筋合いはない。

 

もしもその友人との会話が「会社で~って資格の勉強をしているんだけど、意味ないと思うんだよねー」という話であれば、

自分の良かれと思ってやっているプログラミング学習を勧めれば良いだけだ。

 

そうすればその人も神になれるのだから。

 

 

最後に

 

これで「プログラミング学習者自体は神だが、他人が良かれと思ってやっていることを否定するとゴミになる」ということが理解できたと思う。

 

他人が良かれと思ってやっていることは応援し、他人が今やっていることに疑問を感じているようであれば、プログラミング学習を勧めよう!

 

ここまで読んでくれてありがとう。

 

他の記事も読んでいただけると幸いだ。




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