
俗世には「試合に勝って勝負に負ける」などという訳の分からない言葉があります。
要するにそれは「反則行為みたいなことをして試合に勝った者よりも試合には負けたけどルールを破らずに貫き通した者が素晴らしいよね」みたいな価値観だったと思います。
私はこの意見を全面的に反対します。
いや、試合に勝てよ。
必ず試合には勝てよという話でございましょう。
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もちろん私は「反則行為をしてでも勝てよ」とまでは言いません。
ですが、なぜ勝たなかったことを美化するのでしょうか。
私はそれが不思議で仕方ない。
負けは負けです。そして、負けた者は雑魚です。負けた者に明日はありません。
どんなに有名なNHKのドキュメンタリー番組でカッコいい台詞を公開しても、その試合の勝敗は変わりません。負けた者は雑魚なのですから。
高校野球でも、高校サッカーでも、どのような勝負の場であったとしても負けた者に明日はありません。
「君たち今日の試合は負けだったけど、良い試合だったから明日も来てよ!」なんてことはあり得ません。
にも関わらず、「試合に勝って勝負に負ける」というゴミな俗語がこの世に存在して良いのでしょうか?
いいえ、あってはなりません。
私たちのような商売人は常勝でなければならない。
一度は試合で負けたとしても、その後、絶対にどこかで試合に勝たなければならないのです。
何故なら、勝負で勝っていたとしても、試合に負けてしまっては明日以降、飯が食えなくなるから。
飯が食えなくなれば人間は死ぬ。にも関わらず、試合に負けたことが美化されるようなことがあって良いのだろうか。
だから死に物狂いで金儲けに精進するし、どうしたら試合で負けないかを四六時中、夢の中でも考える。
そもそも、そんな風に必死になってもいない俗人が『試合』という神聖なる場に出るべきではないでしょう。
まずはその腐った信念をねじ曲げてくれ。
新年だけに。(高咲侑爆笑)
(オワイ)